現在発売中のロッキング・オン9月号では、エイフェックス・ツイン『セレクテッド・アンビエント・ワークス・ヴォリューム2』エクスパンドエディションのロングレビューを掲載しています。
以下、本記事の冒頭部分より。
文=小野島大
世に名盤と言われるアルバムは数多いが、エイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムスの94年作品『セレクテッド・アンビエント・ワークス・ヴォリューム2』は、特別な1枚だ。音像も、音色も、音響も、音楽のあり方そのものをも塗り替えた革新的作品なのに、未だ古びることなく瑞々しく美しい。何度も聞いても底の見えない奥深さがある。刹那的な刺激や目先の新しさに囚われがちなテクノという音楽で、ここまで長い生命を保ち続ける作品はほかにない。
本作の30周年を記念してのエクスパンドエディションが発売される。これまでバイナルのみに収録されていた楽曲“#19”と、17年にデジタルリリースされた時のボーナストラック“th1 [evnslower]”、そして14年にエイフェックスのSoundCloudで発表されているが、今回初めて公式リリースされる“Rhubarb Orc. 19.53 Rev”の3曲が追加された全27曲。CDは3枚組、バイナルは4枚組でのリリースとなる。銅板を使った限定特製木箱入りボックスセットも出るが、すでに予約終了。音源は10月4日の発売日まで門外不出なので、本稿執筆時点では聞けてない。だがオリジナル音源に対してリマスターやリミックス等はされていない(はずである)。
本作は92年にリリースされた『セレクテッド・アンビエント・ワークス 85-92』の続編だが、内容はかなり異なる。『〜85-92』はタイトル通り85年から92年にかけて、リチャードがコツコツと録りだめてきた音源を集めた、ラフなスケッチ集といったものだったが、本作は『〜85-92』が高い評価を受けテクノ界を飛び越え一般の音楽ファンにまで広く名前を知られるようになってから、新たに制作したものだ。同じ「アンビエント」の名を冠してはいるものの、よりコンセプトは徹底しており、アブストラクトで静的で曖昧で甘美で不気味で不吉でぼんやりとしている。
決定的に新しかったのがそのテクスチャーと音楽構造だ。シンセサイザーによるビートレスのミニマルなフレーズが白昼夢の中を漂うように淡々と繰り返されるだけ。深い海の底に沈殿して、時おりゆらゆらと浮かび上がってきてフッと消えてしまうようなメロディーの断片や、遠くのほうで心臓の鼓動のようにかすかに鳴るビートの欠片が、ゆらゆらと浮遊する。その音色の新鮮さとタッチの気持ち良さ。ゆったりとたゆたうような電子音響は、もちろんポップミュージックのドラマツルギーからも、ダンスミュージックの定型からも、レイヴの高揚からも、そしてブライアン・イーノの提唱した環境音楽の概念からも遠くかけ離れたものだ。いわゆるチルアウトや瞑想を目的とするアンビエントミュージックとは異なるダークで謎めいたサウンドスケープは、特に度し難い狂気や悪意、死や破滅のイメージさえも感じさせた。(以下、本誌記事へ続く)
エイフェックス・ツインの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』10月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。
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