9月28日、NY映画祭で待望のブルース・スプリングスティーン伝記映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』が上映された。
●最高のキャスト:
このアメリカのアイコンを演じるのは相当のプレッシャーだったはずだが、挑んだのは、ジェレミー・アレン・ホワイト。『一流シェフのファミリーレストラン』で圧倒的な高評価と人気で、今もっとも熱い俳優と言える存在だ。しかも、ブルースのマネージャー、ジョン・ランドー役には、『メディア王〜華麗なる一族』で高評価を得たジェレミー・ストロング。さらにブルースの父親役には、『アドレセンス』で絶賛されたスティーヴン・グレアムと、つまり現時点で考え得る最高のキャストが集結している。
●スプリングスティーンのパフォーマンス:
このプレミア上映には監督やキャストに加え、ブルース・スプリングスティーン本人の登場も予定されていたので、もしかしたら……と密かに期待はしていた。すると上映後、監督が、キャストとブルースを紹介した後に、なんと、ブルース本人がパフォーマンスを披露。特別な夜となった。
その際のスピーチとライブ映像をブルースがフルで公開している。
こちら。
冒頭のスピーチで語っているのは以下の通りだ。
「今夜、俺たちの映画を観に来てくださった皆さん、本当にありがとうございます。素晴らしいクルー、素晴らしいキャストのみんな、そして何よりもジェレミー・アレン・ホワイトには心から感謝しています。彼はこの役に魂を込めてくれて、本当に見事な演技をしてくれました。しかも俺よりずっとかっこいいバージョンを演じてくれて、それについてもありがたく思っています。ジェレミー・ストロングには、その創造性とインスピレーションに感謝しています。彼は夜中でも電話をかけてきて、さまざまなアイデアを次々に出してくれました。そして彼は、ジョン・ランドーのずっとずっとかっこいいバージョンを演じてくれて、本当にありがたく思っています(笑)。
オデッサ・ヤング、素晴らしい恋人役をありがとう。スティーヴン・グレアムには、僕の亡き父の生き写しのようになってくれたことに感謝します。父はとても厳しい人生を歩んできましたが、本当に心の優しい人でした。ギャビー・ホフマンには、母の素晴らしい演技をしてくれて感謝しています。そしてね、もうみんな亡くなってしまったけれど、この映画という形で残せるのは素晴らしいことです。
それから、若いマシュー・パラカーノ。これが彼の初めての映画でした。もうサングラスを手に入れて、初めてのギターも手にしたと聞いています。だからこれから難しい選択を迫られることになるでしょうけど、今夜ここで、彼を“ロックンロールの未来”だと宣言しておきます。
それからプロデューサーのゴールドスミス、ヴェイン、エリック・ロビンソン、スコット・ストゥーバー、そしてーープロデューサーが一体何をやってるのかは正直よくわからないけど(笑)、きっとすごく大事なことをしてくれてるんだと思います。冗談ですよ、もちろん。
そして素晴らしい脚本・監督のスコット・クーパー。本当にありがとう、スコット。彼は僕の人生でとても個人的な瞬間を題材にして、その経験や仕事、そして家族を敬意をもって描いてくれました。深く感謝しています。
さらに20世紀スタジオ、そしてディズニーのボブ・アイガーにもお礼を言いたいです。俺たちのちょっと風変わりな音楽映画を信じ、支えてくれたことに感謝します。そして今夜はポール・シュレイダーも来てくれています。正直なところ、今こうしている俺たちは、ポール・シュレイダーがいなければどうなっていたかわからないくらいです(笑)。彼は、俺が彼の映画のタイトルを拝借したことについても、いつも寛大でいてくれました(笑)。ありがとう、ポール。最後に少しだけ。
いま僕たちは、毎日のように危険な時代に生きていることを思い知らされています。俺は人生のほとんどを旅の中で過ごし、音楽を通じてアメリカを世界に伝える“音楽の大使”のような役割を果たしてきました。アメリカの現実ーー理想から大きく外れてしまうことも多いその現実ーーと、アメリカン・ドリームとの距離を測ろうとしてきたのです。
アメリカはいま深く傷つき、疲弊しているように見えるかもしれない。けれど多くの人々にとって、ここはまだ希望と夢の国(=“Land of Hopes and Dreams”)であり、恐怖や分断、検閲や憎しみの国ではありません。そんなアメリカは闘うに値するものなんです。
だからこそ、俺は生涯の“武器”として選んできたギターをここに持ってきました。この映画をともに作ってくれた仲間たち全員に、この曲を捧げたいと思います。
そして先日の試写会では、映画の中でブロンドの女の子として登場する妹ヴァージニアと並んで座りました。実際の彼女は、短い茶色の髪の女の子なんですけどね(笑)。上映中、父の膝に座るシーンのとき、彼女が俺の手を握ってくれていました。そして映画が終わったあと、彼女はこう言ったんです。
“こうして形に残せたことが、本当に素敵なことじゃない?”と。
俺もまったく同じ気持ちです。こうして作品にできたことは本当に素晴らしいことです。
皆さん、本当にありがとう。心から感謝します。これは、あなたたちのためのものです」
そう言って“Land of Hopes and Dreams”を披露。キャパわずか1000人の会場で、しかも音響も素晴らしく、こんなに直接心に響く体験も滅多にない。そして歌い終わると、観客に向かって「強く生きてくれ」と締め括った。
監督と脚本を務めたスコット・クーパー(『クレイジー・ハート』)は、今作についてこう語っている。
「この作品はいわゆる典型的な音楽伝記映画ではありません。最初から私はこれを、より静かで、内面に迫る作品として捉えていました。ブルース・スプリングスティーンの人生における、きわめて特別で、深く個人的な時間を描く作品なのです。1981年末から1982年初頭にかけて、ブルースは『ネブラスカ』を録音しながら、同時に“ボーン・イン・ザ・U.S.A.”の構想を練り始めていました。しかしその時期、彼は幼少期から抱えてきたトラウマとも向き合わなければなりませんでした。
私にとってこの映画は、ブルース・スプリングスティーンの人生全体を語るものではありません。あくまで、あの一瞬を称えることーー静けさ、模索、そして感情の誠実さを映し出すことに意味がありました。正直に言って、私にとって『ネブラスカ』というアルバムとあの時代は、このプロジェクトが始まるずっと前から特別な意味を持っていたんです。
だからこそ、あの時期のブルースの心の内側に入り込み、彼の長年のコラボレーターであるジョン・ランドーとともに歩みながら、その物語の一部をスクリーンに映し出すという機会を得たことはーー言葉では言い表せないほどの意味がありました。私はただ、耳を澄ませ、余計なことはせず、物語そのものに寄り添おうと努めました」
監督が語るように、本作はスプリングスティーンの作品の中でも特別な『ネブラスカ』の制作過程に焦点を当てている。アーティストとして、人間として、彼がなぜこの作品を作らざるを得なかったのか。その過程で彼が心の闇といかに真摯に向き合おうとしたのか。それが記録された作品だ。ちなみに、ジェレミーはすべて自分で演奏、歌唱しているが、ブルース役としてまったく違和感がなく、それだけでも驚かされた。
予告編はこちら。日本公開は11月14日。
また、“ボーン・イン・ザ・U.S.A.”のレコーディングシーンもあるのだけど、会場にはEストリートバンドのマックス・ワインバーグや、スティーヴン・ヴァン・ザントも駆けつけていた。
⚫︎幻の『エレクトリック・ネブラスカ』が発見。『ネブラスカ’82: エクスパンデッド・エディション』が10月17日に発売決定。
これまで噂はあったものの、マスターは失われたとブルース自身も信じていた『エレクトリック・ネブラスカ』がついに発見され、発売されることとなった。
詳細はこちら。
https://www.sonymusic.co.jp/artist/BruceSpringsteen/info/576904
内容はなんと4CD+Blu-rayの5枚組。『エレクトリック・ネブラスカ』に加え、アウトテイク、さらに、『ネブラスカ』再現ライブ、さらに、“ボーン・イン・ザ・U.S.A.(エレクトリック・ネブラスカ)”版まで収録。曲がすでに公開されている。