4月14日にケンドリック・ラマーの最新アルバム『DAMN』がリリースされて以降、ビルボードアルバムチャートにて今年初週の最高売り上げで1位を獲得、2週目も1位を保持、そして発売1ヶ月以内にも関わらず全米で100万枚を売り上げたアルバムに送られるプラチナ・ディスク確定と、次々に記録を打ち立てている。正に今最大の話題作と言えるだろう。
そんな傑作『DAMN.』収録曲全14曲を徹底的に解説する。既に聴かれている方も、全曲解説をよみながらぜひ聴き直して欲しい。ケンドリックがこのアルバムに込めた思いと熱量を、さらに強く感じられるはずだ。
前半に引き続き、8曲目から14曲目の解説を後編としてお届けする。
前編はこちら。
8. HUMBLE.今回のリード・シングル。タイトルの「謙虚」からは程遠い内容を歌っている。
プロデューサーのマイク・ウィル・メイド・イットによるトラップ・ビートになっていて、当然このサウンドに謙虚な歌詞が乗っかるはずもなく、リード・シングルにふさわしく、逆に聴き手やほかのラッパーに対して謙虚になることを要求する今作最強の俺様節となっている。
しかも、ほかのラッパーと違って自分はありもしないことは言わないし、ごくごく控え目にしかものを言わないが、ちなみにオバマからはショートメールで連絡が俺には来たりすると言ってのけてみせるところが今のケンドリックのすごいところだ。
9. LUST.DJダヒ、サウンウェーブとトップ・ドッグのチームとバッドバッドノットグッドをプロデューサーに 据えた曲で、情欲と物欲への渇望が絶えることのない苦悶を綴る内容である。
そしてその情感をよく伝える密室的なミドル・テンポのグルーヴを打ち出すトラックになっている。情欲について歌うコーラスでケンドリックは声のピッチを上げていて、この不気味さと執拗な執着を歌う曲の作り方が80年代後半にプリンスがよく使った別キャラ「カミール」を連想させて刺激的だ。
その一方で物欲を扱うヴァース部分では、たとえばトランプ政権成立に際して一時はみんながデモをやったとしても、誰もがその後は日常的な物欲、つまり消費を我慢できず日常の生活に戻らざるをえなくなると、物欲のもたらす状況を指摘してみせている。
10. LOVE.ケンドリックやグループ仲間のアブソウル、あるいはレーベル仲間のIsaiah Rashadらとのコラボレーションで知られるR&Bアーティスト、Zacariとのコラボレーションとなったバラードで、プロデュースにはトップ・ドッグの面々が関わっている。
Zacariがこの曲の土台となる音源をケンドリックに送ったところ、そのままケンドリックが引き取って作り上げたというが、内容はケンドリックが高校時代から交際を続けている女性に向けられたラブソングになっている。
「おまえが作り上げたものを見てみろよ/出来上がりつつあるんだって言っただろ/もうそろそろ完成だぜ」というくだりは彼女が今ある自分を作り上げてくれたと言っているようでもあり、近く子供が生まれるという意味であるようにも取れて、ふたりの関係の確かさを物語る。
11. XXX.このアルバムのクレジットが明らかになった時、話題になったことのひとつはU2の4人の名前が作曲クレジットに含まれていたことだった。
この曲でU2はバンドとして後半の土台となるモチーフを提供している。プロデュースはマイク・ウィル・メイド・イットのほか、サウンウェーブ、DJダヒなどのトップ・ドッグ・チームによるものだ。
前半はパブリック・エネミーなどを彷彿とさせるハードコアに近いサウンドが展開される。その前半ではケンドリックがかなり力強いスタイルでアメリカにおける分断を描写し、特にコンプトンやアフリカ系アメリカ人住民が支配的な地域で横行する暴力の姿態をつぶさに、そして機銃掃射的に綴っていく。
その後、ケンドリックが銃規制を話題にしたいと持ち出したところでサウンドは一転し、U2によるグルーヴとボノの「アメリカとはドラムとベースの国ではないのか」という音源がモチーフとなる。
ケンドリックは地元のストリートで横行する暴力と、格差を助長するためにウォール・ストリートで横行する暴力は地続きなもので、いずれも普遍的な暴力なのだと綴ってみせ、そんなアメリカの姿は自分自身を鏡に映した像にしか過ぎないと締め括ってみせる。
12. FEAR.ソウル的なグルーヴとともにケンドリックを脅かしてきたものを紐解いていくトラック。
クラシック・ヒップホップとも言えるオーセンティックなサウンドはNASやスヌープ・ドッグとのコラボレーションでも有名なジ・アルケミストによるもの。
そんなカーティス・メイフィールド的な世界観とともに、ケンドリックがコンプトンで生活しながら抱いていた不安が綴られる。
まず幼少期母親にどやしつけられ続けた時の怯えが描かれ、福祉予算が削減されていく中、自治体の生活支援担当者に下手なことを洩らしたらぶっとばすよという文句も登場する。その次は17歳になったケンドリックの不安が綴られる。
犯罪多発地帯では若者が何かしらの形で犯罪に巻き込まれてしまうことがあまりにも多いため、どうせ自分もそのうち死ぬんだろうという思いとともに、さまざまなケースの自分の死の光景が描かれていく。
そして3つ目のヴァースでは、ヒップホップ・アーティストとして成功したことでつきまとうようになった、これまで経験したことのない重圧となる不安について綴られる。
特に地元の人々に自分の姿がどう映るのかが不安でたまらない心境など、前作『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』の主なテーマとなった不安について語られる。そ
して最後のヴァースでは、自分の成功のために目が曇って大切なものを見失いやしないかという現在の不安が綴られ、「俺の人生、ただ恐れを生き続けているのか、ラップを生きているのかよくわからない」とまとめてみせている。
13. GOD.ミッド・テンポのファンク・バラードで、前曲"FEAR."の反転となった内容を歌っている。さまざまな不安を乗り越えてヒップホップを極めてきたケンドリックが、俺は勝ったと勝利宣言する内容で、神になった気分とはこんなものなのかとうそぶいてみせるのだ。
つまり、ほかの誰も自分の域には及ばないというのが言いたいことで、もはや自分のラップはほかのMCとは違って神託に近いのだとほかを蹴散らせてみせている。
14. DUCKWORTH.ナインス・ワンダーをプロデューサーに迎えての最終トラックで、人との縁や巡り合せへの思いを綴った曲。
タイトルにはケンドリックの本名の姓であるダックワースが使われているが、これは自身ではなく、父親を指すようだ。しかし、ラップの内容は今回プロデュースを多く手がけ、ケンドリックのレーベルのオーナーでもあるアンソニー・ティフィスの若かりし日々を綴ったものだ。
アンソニーはもともとコンプトン近隣の出身で、極貧の中で育っていくうちに自然と犯罪に巻き込まれ、クラックとコカイン売買でひとかどの人物へと成り上がっていく。
足を洗ったり、また稼業に戻ったりとを繰り返していた一方で、ケンドリックの父親(ダッキー)はシカゴでやはりギャングに関わっていた人物であり、ケンドリックの母親とともに人生をやり直すためにコンプトンへ移住したという経緯を持つ人物だった。
しかし犯罪に巻き込まれないことは難しく、地元のケンタッキーの従業員として働きながら薬物売買にも関わり、アンソニーの噂を聞きつけていた。そのためダッキーはアンソニーが過去そのケンタッキーに強盗で押し入ったことを知っていた。
アンソニーがまたケンタッキーへの襲撃を試みた時、ダッキーはアンソニー一味に常に無料のチキンを提供することを提案し、アンソニーがこの対応を気に入ったため、その時は事なきを得たという。
その後、アンソニーは堅気になってトップ・ドッグを設立し、ダッキーはケンドリックを育て上げる。物語の締め括りでケンドリックは「その同じふたりを20年後、俺がまた引き合せることになった」と説明し、「こんな偶然から史上最強のラッパーが生まれると誰が思っただろう?」と物語ってみせる。
そして「アンソニーがダッキーを殺していたら/トップ・ドッグはそのまま終身刑/俺は父親を知らずに育ってそのうち街の銃撃戦で撃たれてくたばってたはずさ」とアルバム最大のメッセージとともに作品を結んでみせている。
「自分のアーティスに関して自分は裏方に徹するようにしている。彼らのスポットライトを絶対に奪わない。常に、仕事のやり方をわかっていて控えめなやつのようにね……ストリートでやっていることと同じことを音楽の世界でやっているんだ。」
(高見展)