前作『フォー』を聴いたときに僕はバッドバッドノットグッド(以下、BBNG)が新たな領域に向かっていると感じていた。ビンテージ機材やテープ録音を駆使したサウンドの質感はヒップホップのサンプリング・ソースのレコードを模したと思わせるもので、ネオ・ソウル~ロバート・グラスパーの影響を受けたジャズ系生演奏バンドの枠組みからも逸脱を目論む野心が聴こえていた。そこから5年、ようやく完成させた新作『トーク・メモリー』はそのベクトルを一気に深めたものだった。
1946年に開業しフランク・ザッパやビーチ・ボーイズなどの録音に使われていたが、90年代に閉鎖されたヴァレンタインという名の歴史的なスタジオがLAにある。ヴァレンタインは2015年に再び営業を再開。そこには70年代のスタジオの状態がそのまま残されていて、近年はハイムやラナ・デル・レイの録音に貢献していた。
BBNGはここを拠点に選び、前作よりもはるかに高い精度でビンテージな質感を追求した。作編曲も編集も最小限にとどめ、セッションの躍動感や即興の生々しさを封じ込め、そこにブラジルの伝説的プロデューサー/アレンジャーである、アルトゥール・ヴェロカイが編曲したストリングスや、ララージによるニュー・エイジ文脈の演奏などを重ねた。BBNGの演奏を聴くと、まるでヴァレンタインの全盛期だった70年代初頭に作られたレコードを聴いているようでもある。
荒くストレートなビートやファズやディストーションでゆがんだギターの音色はジャズとロックがぶつかり合っていた70年代初頭のサイケデリックな時代そのものだ。しかし、そこには周到にオーバーダブが施され、(ディアンジェロ『Voodoo』のエンジニアの)ラッセル・エレヴァードがミックスで整え、過去から来たような手触りの音楽に現代の技術で音像を輝かせた。
演奏には現代のジャズの技術や手法が、作編曲にはヒップホップ以降の感性がさりげなく宿っている。それはまるでアルトゥール・ヴェロカイのハーモニーがサイケデリックに響く70年代のジャズ・ロックの未発表発掘音源をBBNGとラッセル・エレヴァードがマスタリングしたかのようにも聴こえる。本作は一見古く聴こえるが実験性に溢れているのだ。 (柳樂光隆)
バッドバッドノットグッドの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。