アメリカにおけるこの数年の最も大きなムーブメントと言えば、女性の権利を訴える#metoo と”Black Lives Matter “だ。一つ前のブログで、『ワンダーウーマン』始め女性が主人公の作品について書いたが、2017年の”Black Lives Matter”を象徴した映画と言ったら、『ゲット・アウト』だ。
日本での反応がどうだったのかはイマイチ分からないが、『ゲット・アウト』は、2017年のアメリカを代表する映画であり、革命的な作品だ。
監督はこれが初監督作のジョーダン・ピール。コメディアンとして活躍していたが、『ゲット・アウト』の脚本、監督を務め、制作費わずか450万ドルで、何と公開からたった3週間で、1億ドルの興行成績を記録。黒人の初監督作として、1億ドルを超えた初めての作品となったばかりか、たった6週間で、黒人監督作として史上最高の興行成績を記録していた『ストレイト・アウト・コンプトン』の1億6280万ドルをもあっさり抜き、黒人監督として史上最高の興行成績を記録したのだ。
年間ベスト映画リストにも軒並み入っていたし、批評家の点数を平均化するRotten Tomatoesにおいても、何と99%を獲得!有名批評家のみだけの結果だと100%!!!である。
https://www.rottentomatoes.com/m/get_out/
この映画の何が素晴らしいかというと、例えば『ワンダーウーマン』や、”The Handmaid’s Tale”と同じで、現代のアメリカを、トランプ政権を生きることを鋭く批判した作品であるばかりか、それを”ホラー映画”というジャンルの中に落とし込んだ賢さだ。素晴らしい点をあげだしたらキリがないが、脚本も、演出も、演技も、隅々まで監督のビジョンを貫き通したことが分かる作品であり、それが全て効果的で、全て破格。
予告編はこちら。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=Yi9LsYs-N0g
この映画は”ホラー映画”とは言われているが、普通のホラー映画とも違う。これまでに観たこともないようなホラー映画だ。いや、ホラー映画と呼ばない方がいいかもしれない。何が傑作なのかと言うと、ここで怖いのは、人種差別なのである。もっと具体的に言えば、白人による黒人への人種差別だ。アメリカにおいては、オバマが大統領となり、人種差別の壁が崩れてきたとも思われていたが、実際は、警察による黒人の理由の明確ではない射殺が相次いだ。しかも、警察は無実となるケースがほとんどだった。さらに、現大統領は、シャーロッツビルで起きた白人至上主義のデモ集会を、指示するような発言をする人である。そんな社会をこの作品は、見事に”ホラー映画”というエンターテイメントで批判してみせたのだ。とにかく圧巻。しかも、それが観客に賛同され、至上最高のヒットを記録する大成功を収めたことが何より嬉しい。
スパイク・リーがこの作品を見事に言い当てていた。まず『ゲット・アウト』は「傑作」と評し、「あの映画は実はギャングスタ映画なんだよ。だけど、そのメッセージがあまりにリアルで強烈で、アメリカ人は直視できないから、彼は”ホラー映画”という形態の中にそれを隠したんだ。例えば僕が、子供の頃錠剤の薬が飲めなかったから、お母さんがそれを形が分からなくなるくらい粉々にして、コカコーラに混ぜて飲ませてくれたのと同じだよ。ジョーダンは、ギャングスタだ。『ゲット・アウト』は、本当に本当に素晴らしい映画だ」
女性の権利を奪おうとするばかりか、白人至上主義者である大統領にも反発する傑作が生まれた2017年。アートは、政府と戦っていたと言えると思う。書き損ねたが、スティーヴン・スピルバーグが、トム・ハンクスとメリル・ストリープで作った”The Post”も全てが今と並行していると思える素晴らしい作品だった。
『ゲット・アウト』は、コメディ部門でノミネートされていて、それはそれで不思議とも言えるが、もちろん、コメディで提出したほうがノミネーションされる確率が高いからだ。それに対して誰も文句はないと思う。確実にノミネーションされることが大事だし、本来なら受賞もするべき作品だ。
ゴールデン・グローブに関してさらにつけたするとすると、
1)『君の名前で僕を呼んで』や、”Lady Bird”など、非常にパーソナルな物語をエモーショナルな描いた作品も今回の見どころ。
『君の名前〜』は、ゲイの男の子の初恋を描いた心が張り裂けるような美しい物語だし、”Lady Bird”は女性監督による女の子の成長物語。どちらも、切なく悲痛な物語で、『ワンダーウーマン』や、『ゲット・アウト』ほど直接的ではないにしろ、この心が張り裂けそうに感じる今の時代を生きる我々の心をより打つ理由がその背景にあると思える作品だ。
『君の名前〜』は、これまでにも何度か紹介したが、音楽を担当したスフィアン・スティーヴンスの曲が第三のキャラクターになっていると言えるくらい、主人公の言葉にならない心情を言い当てている。実際史上最年少で主演男優賞の最有力候補でもあるティモシー・シャメラは、スフィアンの曲を聴きながら演じたと語っていた。
スフィアンによる最新のMV “Mysery of Love”が公開されたばかりだ。この青年のドキドキが伝わってくる。
https://www.youtube.com/watch?v=KQT32vW61eI
2) “Big Sick”、”Master of None” など「白すぎない」作品が人気
『ワンダーウーマン』と並び、ノミネートされずにブーイングが出たのは、夏のヒットとなったコメディ”Big Sick”だ。これは、インド系イスラム教徒のコメディアンが、自分が白人の女性と結婚するまでを描いた自伝的なコメディ映画。また、テレビ部門でノミネートされたの”Master of None”は、インド系アメリカ人のコメディアンが、自分達のカルチャーを下敷きにしながら、NYでのリアルな生活を描いたコメディ。両作品も、「白すぎる」ハリウッドや、イスラム教徒を迫害しよとする現在のアメリカに逆らいながらも、大成功した。
3)ジョニー・グリーンウッドがゴールデン・グローブを獲るかも?!
ポール・トーマス・アンダーソン監督の”Phatom Thread”でスコアを書いたジョニー・グリーンウッドが、ゴールデン・グローブを獲るかも?! と予想しているメディアがいくつかある。これまでもPTAとはコラボしてきたジョニーだが、その時々にスタイルを変えて、ここではピアノの曲を披露。うっとりするのだ。以前、PTAが、オスカーの規定に合わずにジョニーがノミネートの対象外となった時に「僕はジョニーがタキシードを着て壇上に立つのが見てみたいだけなんだ(笑)」と言っていた。今回、実現するかも?
こちら映画の中から”House of Woodcock”の音声。
https://www.youtube.com/watch?v=bT_XjcdgT6g&t=11s
4)トリビアネタ。チャーチルを演じたゲイリー・オールドマンの芸術的なメイクを手掛けたのは日本人アーティストの辻一弘。
ゲイリー・オールドマンは、『The Darkest Hour』で、チャーチルを演じているのだが、そのメイクが素晴らしい。映画を観ている間中、どこからかメイクでどこまでが本当の彼の肌なのか、なんとか分かるかと思ったのだけど、全然分からなかったし、それがあまりに自然。これまで酷い特殊メイクで映画が台無しという経験が何度もあるので、その素晴らしいさにとりわけ感動した。
のちに、オールドマンがTVに出演して、実は日本人アーティストの辻一弘さんに彼が直々にお願いしたと語っていたからびっくり。辻一弘は、すでに引退していたのだが、ゲイリーが無理矢理彼を復帰させたのだ。「チャーチルを演じると決まった時に、彼しかこのメイクはできないと思ったから」だそう。オールドマンはかつて、辻と、ティム・バートンの『猿の惑星』の際に一緒に仕事をしていた。その時は役は、ティム・ロスにいってしまったのだが。今回、オールドマンは、早くからオスカーの最有力候補だった。ティモシーが思いの他、人気を上げたため、ゴールデン・グローブにおいても接戦となると思われる。
http://www.vulture.com/2017/12/kazuhiro-tsuji-gary-oldman-darkest-hour.html
〈ゴールデン・グローブ賞直前〉”ホラー映画”『ゲット・アウト』は革命的。
2018.01.07 20:30