『華麗なるレース』(1976年)
「『UKバンド=クイーン』の豊穣なる到達点」泥臭いまでにのたうち回るロックンロールが美麗ハーモニーによって位相転換された“タイ・ユア・マザー・ダウン”に始まり、憂いに満ちたピアノ・バラードが多層ボーカル&ギターによってポップの異次元への扉を開いていく“テイク・マイ・ブレス・アウェイ”、“ボヘミアン・ラプソディ”の脳内妄想炸裂しまくりの奇想天外な展開を街の風景の中に落とし込んだような“懐かしのラヴァー・ボーイ”……といった具合に、前作『オペラ座の夜』で露わになった自らの音楽的/世界観的な特異性を自分たち自身で対象化し謳歌しているようなワクワク感が伝わってくる5thアルバム。まさかの日本語曲“手をとりあって”も含め、今作から実に5枚のシングルが切られていることからも、デビュー当時から組んできたロイ・トーマス・ベイカーと離れ初の完全セルフプロデュースとなった今作への意気込みが伝わってくる。
ジャケットのアートワークも含め『オペラ座の夜』と対になる形での連続性をもって提示された今作『華麗なるレース』。コンセプトなきプログレッシブ・ロックとでも呼ぶべきその音楽的な深化が示していたのは他でもない、「ロックは/バンドはどこまででも新しくなれる」という音楽的な冒険心と、そこから生まれる揺るぎない確信そのものだった。“ロング・アウェイ”〜“ミリオネア・ワルツ”〜“ユー・アンド・アイ”の流れには、2018年の耳で聴いてもカテゴライズ不能な躍動感が息づいているし、ブリティッシュ・ロックならではの情緒にユーモアもウィットも兼ね備えた「UKロック・バンド=クイーン」としての最高到達点として今作を位置付けるリスナーは少なくない。
が、今作の直前にリリースされたセックス・ピストルズ“アナーキー・イン・ザ・U.K.”をはじめパンク勢の勃興は同時に、クイーンの視線を母国イギリスからアメリカ含め世界へと向ける大きな契機となる。そして、“愛にすべてを”で3拍子系ハード・バラードとともに壮麗なる極彩色を描き出したコーラスワークを“伝説のチャンピオン”へ、“ホワイト・マン”で獲得した大地丸ごと引きずり回すビート感を“ウィ・ウィル・ロック・ユー”のフット・ストンプへと注ぎ込み、サウンド・デザインを一気にアメリカナイズしながら次作『世界に捧ぐ』へと突き進んでいくことになる。(高橋智樹)
『世界に捧ぐ』(1977年)
「パンクに負けなかった、王者のロッキュー戦略」クラッシュやジャムやセックス・ピストルズのデビュー作が立て続けにリリースされた1977年。イギリスの音楽シーンは、パンクの台頭で沸き返っていた。そんな状況下でレコーディングされた本作『世界に捧ぐ』は、言わば、クイーン流のパンク・アルバム!……というのはさすがにちょっと誇張しすぎかもしれない。でも、本作のテーマは、ある意味、ちょっと太り気味になっていたクイーン・サウンドの「ダイエット大作戦」だった。かつての“ボヘミアン・ラプソディ”のような「体脂肪率80パーセント超え」の名曲はここにはない。その代わり、もっとスリムに、もっと荒々しく、もっとダイレクトに!――それが、クイーンからパンク・キッズへの「彼らなりの回答」であったわけだ。
そんな「シェイプアップ化」の極みと言えるのが、オープニングを飾った、おなじみの“ウィ・ウィル・ロック・ユー”。ブライアン・メイがライブ会場でのファンの熱狂ぶりから着想を得て生まれたこの曲は、ラストの十数秒を除き、ギターもベースもドラムも登場しない。あるのは、生身の人間が打ち鳴らす足音と拍手の音(ドンドン、パン! ドンドン、パン!♪)。そして、フレディの圧倒的なア・カペラの歌声のみ――ここまでシンプルにして、ここまで「原始的」なレベルで闘争心を煽り立てるロック・アンセムが、この世に他に存在するだろうか。いや、しない。するわけがない。ドンドン、パン! ドンドン、パン!
その“ウィ・ウィル〜”で幕を開け、2曲目“伝説のチャンピオン”へなだれ込むワン・ツー・パンチが強烈すぎて、他の印象は霞みがちだけど、実は本作は、クイーンの全ディスコグラフィーの中でも、とりわけ「色とりどり」な楽曲を取り揃えたアルバムでもある。パンキッシュなスピード感で一気に駆け抜けていく“シアー・ハート・アタック”。スパニッシュ風ギターが午後のカフェ的に爽やかな“恋のゆくえ”。のちのディスコ・ファンク参戦を予見していた“ゲット・ダウン・メイク・ラヴ”――4人の音楽的な個性がバラエティ豊かに混在しているから、デパ地下の「諸国味めぐり」的に楽しめる。時代の流れに合わせ、過剰な脂肪分はカットしても、クイーンはやっぱり本質的に、どこまでもいつまでもグルメでおいしいバンドだった。ドンドン、パン!(内瀬戸久司)
『ジャズ』(1978年)
「時代の狭間に生まれた大傑作」前作『世界に捧ぐ』でクイーンはハード・ロック・バンドとしての資質を全開にしたことで見事にパンク勃発の大波を乗り切っただけでなく、文句なしに世界的スーパースター・バンドとして君臨することになった。それに続くアルバムとなった本作では、これまでの人気を裏切ることもなく、さらにニュー・ウェーブ/ポスト・パンクの台頭も見据えつつ、自分たちのクリエイティブなエッジをどう切り出していくのか試みていくという、非常に難度の高いハードルを要求されていたはずだ。しかし、出来上がったこの作品はクイーンの王道もあれば実験もあり、エンタテインメントとしてのロック・サウンドもあり、ショービズ風の楽曲もありという、全スペクトラムについてどこまでも鋭く切り込む類稀な傑作となった。この楽曲の多様性がまさにアルバム・タイトル『ジャズ』の意味するところで、いわゆる音楽スタイルのジャズのことではないのだ。
冒頭の“ムスターファ”などはついにワールド・ミュージック化したのかと当時は度胆を抜かれたが、これはたとえば〝ボヘミアン・ラプソディ”がペルシャ系インド人の移民として育ったフレディ・マーキュリーの複雑なアイデンティティと生い立ちを寓話化した切ない物語だったのに対して、非ヨーロッパ人としての自身のアイデンティティを打ち出していく果敢な試みだったのだ。その一方で、クイーンのヨーロッパ的な構築美とロック・サウンドをどこまでも無駄を削ぎ落としながら突き詰めてみせたのが“バイシクル・レース”で、ある意味でフレディとクイーンの実験的なアプローチの極致といえる傑作だといっていい。
さらに“ファット・ボトムド・ガールズ”、“デッド・オン・タイム”などクイーンとしての王道ロック・ナンバーを備えつつ、“ファン・イット”ではファンクを完全にものにしているところも素晴らしいし、本作の奥行きをよく物語るところでもある。しかし、なんといってもすごいのは必殺のクイーン・ナンバー“ドント・ストップ・ミー・ナウ”で、ある意味この曲さえあればほかは何をやってもいいというくらいに完璧な仕上がりだ。どこか過小評価されがちだが、クイーンがニュー・ウェーブでもオールド・ウェーブでもなくこの時期を乗り越えたのは、まさにこの作品の充実した内容によるところでもあったのだ。(高見展)
『ライヴ・キラーズ』(1979年)
「最初の絶頂期をとらえた!」自分的にはこれこそクイーン・ライブ盤のNo.1。79年初頭のヨーロッパ・ツアー各地からベスト・テイクを集めたもので、79年6月22日にリリースされた。直前の4月に三度目の来日を果たし8都市15公演を行っているが、武道館で体験したそのステージの完成度はみごとだった。ストレートな“ウィ・ウィル・ロック・ユー”で幕を開け、すぐに以前のマネージメントを攻撃する“デス・オン・トゥー・レッグス”で始まるメドレーでは“キラー・クイーン”を挟み込んだりと余裕でバンド力の高まりを聴かせていく。
“ナウ・アイム・ヒア”で観客と掛け合いで盛り上がり、“炎のロックン・ロール”はレコードを上回るスピードで突進、フレディの情感豊かでいてライブならではのエモーションをむき出しにしたボーカル、それに絡むコーラスや、ドラマチックこの上ないギターなどクイーンの魅力成分がどんどん積み上げられていく“ドント・ストップ・ミー・ナウ”などで盛り上げ、その昂揚感をギター・ソロが人気の最初期のナンバー“ブライトン・ロック”、そして〈ムスターファ〉のコールに応えて最初のコーラス部分を省略した“ボヘミアン・ラプソディ”もライブならではの素晴らしいバージョンとなっており、会場の興奮が極点に達するのも当然と納得がいくはず。
ライブ最後、ジャケットに写るようにステージ上部にあったライト群が鎌首を持ち上げるようになったときの美しい光景は今でも忘れられない。そのジャケット写真は日本人カメラマンが撮ったものだ。(大鷹俊一)