なにしろこのザ・ナショナルは2000年代以降のUSオルタナの宝にして我々日本人にとっては最後の「未知」のバンドであったといっていい。彼らのキャリアは長く、デビュー・アルバム『ザ・ナショナル』(2001)のリリースから今年でちょうど10年ということになる。『アリゲーター』(2005)、『ボクサー』(2007)の2作品でいわゆるピッチフォーク的オルタナ・ヒーローとなった後、最新作の『ハイ・ヴァイオレット』(2010)が全米初登場3位を記録。そう、彼らは本来ならば最早キャパ1000を切るクラブ・サーキッドで観られるような規模のバンドではないわけで、今回の一夜限りの初来日公演にかけたファンの想いの熱さも納得がいくというものだ。
バンドの演奏自体ももちろん、素晴らしいとしか言いようがないものだ。アルバム音源の繊細で怜悧なテクスチャ―を寸分も損なうことなく白熱していくパフォーマンスはあまりにも美しい。ロックのライブ・パフォーマンスにおいて崩壊や決壊のカタルシスは容易く得られるものだが、ザ・ナショナルのように緊張の糸をギリギリまで張りつめさせながら美観を保つタイプのストイックなカタルシスは、真の技量を持つバンドでないと生み出すことはできない。
言葉で都市=NYの孤独な物語を紡いでいくマットと、その言葉に相応しいモダンで研ぎ澄まされたサウンド=風景を与えていくアーロン、そんな2人のコラボレーションの最新にして最高傑作と呼ぶべきナンバーが“Bloodbuzz Ohio”だ。オハイオからNYに移り住んだ主人公が「NYにも、故郷にも、そもそも僕の居場所はなかったのだ」と語り始めるこの曲は、オバマ就任後にコンサバとリベラルの二極対立が崩壊したアメリカのカオティックな現実を突き付ける。「NYインディ派閥のドン」と目されてきたザ・ナショナルのパブリックイメージを更新し、インディ村を飛び出し普遍的存在へと昇華された今の彼らを象徴するナンバーでもある。ぎこちなくスタッカートする呟きがいつしか痛烈な叫びへと変貌を遂げるマットのボーカルも本当にとんでもない。パンク的フリークネスも厭わないマットのボーカリゼーションをがっちり受け止めるバンドの演奏力のとんでもなさは、言うまでも無い。
「いろんなところでこの曲(“Conversation 16”)をやっているけど、いつも曲の途中でお客さんが勝手に終わりだと思って拍手しちゃうんだよね(笑)。最後まで拍手なしでちゃんと聴いてくれたのは今日の君たちが初めてだよ。本当にありがとう」とマット。会場からはファンとして誇らしい気持ちと共に改めて大きな拍手が巻き起こる。そして“Son”、“Abel”といったシンプルな弾き語り系のナンバーで少しクールダウンした後、本編ラストの“Fake Empire”に突入する。
ラストナンバーは“Vanderlyle Crybaby Geeks”。メンバー全員がマイクを置いてステージ中央に集まってくる。彼らが手にする楽器は2本のアコギのみだ。「次の曲はアコースティック・セットでやるんだ。みんなのシンガロングで僕たちをサポートしてほしい」とマット。これはザ・ナショナルのライブのフィナーレを飾る恒例の行事で、ステージ上の彼らとオーディエンスが共に「地声」で全編を歌いきることが求められる。ザ・ナショナルとファンのユニティを象徴するシーンなわけだが、果たしてここ日本で可能なのか?……という心配は一瞬で四散した。そこには、一語一句違わぬ大合唱が巻き起こったのである。
セットリスト
1. Runaway
2. Ghost
3. Secret Meeting
4. Mistaken for Strangers
5. Blood Buzz
6. Slow Show
7. Squalor Victoria
8. Afraid of Everyone
9. Conversation 16
10. Son
11. Wasp Nest
12. Abel
13. Sorrow
14. Apartment Story
15. Green Gloves
16. England
17. Fake Empire
ENCORE
18. Think You Can Wait
19. Mr. November
20. Terrible Love
21. About Today
22. Vanderlyle