カワセミは誰が為に啼く

ディアハンター『ハルシオン・ダイジェスト』
2010年09月22日発売
ALBUM
ディアハンター ハルシオン・ダイジェスト
ジャケットの写真は、ディアハンターの地元アトランタのポンセ・デ・レオン通りを追ったジョージ・ミッチェルの作品から採用されたものだという。ブラッドフォード・コックス自らのデザインによる歌詞カードには、アメリカの作家、デニス・クーパーによる20歳で自殺したロシア人の男娼、ディミトリ・マラコフの生涯が引用されている。

世界中の評価を総ナメにした『マイクロキャッスル』から2年、期待を遥かに超える作品が到着してしまった。これは文句なしの大傑作である。ブラッドフォードによれば、本作で歌ったのは記憶だという。それは夢と言い換えてもいいかもしれない。現実のような明確な構造と連続性を持った客観性ではなく、断片的な記憶という無意識の空白も孕んだ主観性に光を当てることで、彼らは狂気を開放している。多くの死者に囲まれてきたディアハンターのキャリアだが、その早過ぎる死を哀しみながらも、その死を生むことになった狂気を彼らは徹底して愛するのだ。アイロニーや諦観をいくども挟みながら、けれど、その狂気を愛することでしか、その人を記憶として永遠に刻むことはできない。彼らは本作でそうした尊厳と真正面から向き合っている。だからこそ、本作の楽曲はどれもあたたかい。ディレイのかかったアルペジオが大きな波を描き出しながらも、トレードマークのフィードバックがそれほど多用されていないのはだからだろう。

日常の中で私たちはたくさんの合理主義に直面する。狂気は制度化され、生活の中から容易く阻害される。けれど、このレコードはそうした事実に抵抗する。美しい。(古川琢也)
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